照明のお仕事
施設の管理
小屋付きの照明さんの最大の使命は施設管理だと書きましたが、実際にはどんなことを行っているかというと・・・
- 照明機材の維持管理
- 電球などの在庫管理
- 小屋の調光設備の操作の習熟
- 軽微な修理
- 備品・消耗品等の購入に当たっての提案
- 利用者との打ち合わせ業務
- 外来業者との折衝・打ち合わせ、ホール調光設備使用にあたってのアドバイス
- 舞台での危険な行為に対する監視
- 調査・研究
- 調光操作
ホールの調光設備というものは、各小屋によって回路の数も違い、ホールの形態も違うため、特化している部分がかなりあります。
調光卓ひとつとってもメーカー既製品をそのまま使うことは希で、小屋ごとに合わせて仕様を変えている場合が多いです。
そのため外来の業者さんには分かりづらい部分もあり、普段からその小屋の調光設備に習熟している小屋付きのアドバイスが必要になってきます。
また、(こういう言い方をすると語弊があるかも知れませんが・・・)外来業者さんの仕事に対する姿勢に差があることも事実です。
あまり経験や安全意識がない業者さんの場合、知らず知らずのうちに危険な行為を犯していることもあり、それに起因する事故を未然に防止するのも小屋付きの存在意義です。ひとつ間違えれば死亡事故や火災などになりかねないのが、照明と言う仕事なのです。
比較的高電圧(電気の世界では「低圧」の部類ですが・・・)・高電流を取り扱い、サスペンションライトなどの吊り込みに際して綱元操作もしなくてはなりません。高所作業もあります。
正しいやり方をすれば事故は起きにくいと思いますが、時間がない・面倒くさい・いつもやってるから・・・などの理由で安全対策を怠るケースもあります。
小屋付きはホールのどこでどのような行為をすると危険かを熟知し、事故が発生しそうな要因を極力取り除かなくてはなりません。
照明のお仕事の流れ
照明のお仕事の流れを大まかに言うと、次のとおりになります。
では、それぞれのプロセスについて述べます。
打ち合わせ
本番に当たって、まずは打ち合わせをしなくてはなりません。
この日までに利用者の方は、プログラムや照明案などの資料を用意してください。
当日のプログラムや進行状況・舞台配置など、確認しなければならないことはたくさんあります。
照明さんは、この中で利用者がどんなことをしたいのか、どんな効果が欲しいのかを的確につかまなくてはなりません。
利用者のほとんどの方々はプロではないと思いますので、用語などの解釈が違う場合もあります。
HOMEでも書きましたが、ここで行き違いがあるとその後の流れに大きく影響することがあります。
双方、細大漏らさず意志の疎通を図ることが肝要です。
また、時間的に不可能であるとか機材的に無理であるとか、この場ではっきりさせなくてはならない事項もあります。
理想を言えば、打ち合わせ後に1回でも舞台稽古をやっていただけるとありがたいです。
プランニング
照明さんは、打ち合わせが済んだらプランを練らなくてはなりません。
プランとは、公演内容に合わせて場面ごとのあかりの組み合わせや使用機材を考えることです。
わたし個人的には、このプランニングという作業は一種の創作活動であって、本来料金が発生すべきだと思っているんですが、小屋付きが行うとほとんどの場合「無料奉仕」です。
こういう書き方をするとがめつく聞こえるかも知れませんが、こういう見えないところでの作業が重要であることを理解していただきたいのです。
照明さんは日々ホールでの本番をこなしつつ、合間にこういった作業をしなくてはならないのです。(あっ・・・いえいえ、だからといって決して金品を要求しているわけではありませんので、誤解なく・・・)
仕込図・キューシート作成
プランが決まったら、どのように照明機材を配置するのかを書き込んだ図面を作成します。これが「仕込図」です。仕込図上には、どのような機材をどういう色やネタを入れてどこに設置し、どのように回路を接続(コンモ線)するかを書き込みます。
右の写真は仕込図を作成中の写真ですが、機材の形が入ったテンプレートを使用して手書きしています。
が、最近はパソコンで作成する方が多いようです。写真の彼も最近はパソコンで仕込図作成をしています。
仕込図が出来上がったら「キューシート」という物を作成します。
キューシートとは、照明が変化するごとの照明の組み合わせを一覧表にした物です。
始めから終わりまで一定のあかりであれば必要ありませんが、幼稚園のおゆうぎ会などあかりの変化が多い場合は、100枚を軽く超える場合があります。
人件・機材手配
小屋によって違うと思いますが、小屋付きの照明さんは基本的にホールひとつに付き1名の場合が多いため、仕込やピンスポットの操作などの要員を別に手配しなくてはならないことがあります。
利用者の方の中には、スイッチひとつで目的の場所にスポットがつくと思っている方がいられるようで、仕込時間や仕込要員の必要性をご理解頂けないケースがあります。
たびたび例に出してしまって恐縮なんですが、幼稚園のおゆうぎ会などでも200台以上のスポットを吊り込み(サス)・接続・シュートしなくてはなりません。とてもひとりでできる仕事ではありません。
人件費は決して安い金額ではありませんが、それなりのことをやろうとすれば必要になってしまうものです。
ご理解・ご協力をお願いいたします。
また、利用者のご希望にホールの機材だけで対応しきれない時(スモークやドライアイスマシン、ムービングスポットなど)は、専門業者から借りなくてはなりません。これも機材の使用料だけではなく、運搬・設置費や消耗品(スモークジュースやドライアイス代など)、さらには専属のオペレーターが必要な場合もあります。ムービングスポットなど、数十万円かかることもあります。
仕込み(吊り込み・シュート)
前項でも書いたとおり、ホールの照明はスイッチを入れれば目的の場所にスポットがつく・・・という物ではありません。
多目的に利用できるようにするために、その時々に応じて機材の変更や組み合わせ・設置位置を変えられるようにしなくてはならないのです。
仕込みは、まずはサスペンションライト(以下サスという)の吊り込みから始まります。
というのもサスの吊り込み中はサスバトンを降ろさなくてはならないため、舞台セッティングなどの作業ができないからです。
真っ先にサスを吊り込み、サスバトンをとばして舞台さんや音響さんのために舞台をあけなくてはなりません。その後、舞台さんや音響さんが舞台の仕込みをやっている間にSS(ステージスポット)やエフェクト関係、前あかりなどの仕込みをします。
照明さんはこの仕込みの中で、回路取りとフォーカシングという作業を同時に行います。
回路取りとは、各スポットをコンセントに接続することです。このときにコンモ(ひとつの回路に、同時に点灯させる複数のスポットを接続すること。タコ足配線とは違う)や回路容量などを考えながら接続します。
フォーカシングとは、1台ごとのスポットライトの当たる範囲(大きさ)を調整することです。サスなどは、いったんとばしてしまうと直接灯体にさわることが難しくなってしまうため、吊り込みの時点でフォーカシングを行ってしまうのです。(サスをとばしたのち、脚立に登ってこの作業を行う照明さんもいられますが、甚だ危険であるためサスが降りているときにフォーカシングをする方がよいと思います。)
舞台・音響の仕込みが一段落したら、「シュート」に入ります。シュートとは、スポットライトを目的の場所に向けることです。
市民会館大ホールクラスの舞台全体(実効8間×6間)にベタにあかりをあてようとすると、地あかりとしてサス1本につきスポット4台×3サスで12台、前あかりとしてサイドフロント8台(上手・下手4台ずつ)、シーリング8台で合計28台程度が必要になります。
舞台全体の色を変えようとすれば、これが色数で倍々になっていきます。つまりナマベタ+3色(R・G・B)としても、112台必要だと言うことです。
これをすべて手作業でフォーカシングし、シュートするのです。(ごく一部の小屋で遠隔操作でできる設備があるが・・・) さらにエフェクト類やSS、単サス(演奏者などに個別にあてるあかり)のシュートもやらなくてはなりません。
仕込みに時間が必要なのがお分かり頂けましたか?
パッチ
仕込みが終わったら、パッチという作業が続きます。パッチとは、調光卓のどのフェーダーをあげるとどのスポットがつくかを設定することです。
調光卓では直接100Vの電流を取り扱っているわけではなく、コントロール信号を出力しているだけです。
実際にスポットなどを点灯させるための100Vの電流は、調光器から出力しています。
右の写真はパッチ作業中の写真ですが、写真のパッチ盤は電子クロスバー方式のパッチ盤です。現在は電子クロスバー方式が主流ですが、かつては強電パッチ方式が多く用いられていました。
強電パッチ方式とは、調光卓にあらかじめ接続された調光器の出力を、直接各負荷(スポットなどのこと)につなぎ替える方式のことです。この方式の場合、調光器出力の大電力(6kwほど)をそのままつなぎ替えるため危険が伴うことや、パッチケーブルの破損、フェーダー1本あたりの容量が限られてしまうなどの問題があります。
一方電子クロスバー方式は、パッチ盤内部で調光卓からのコントロール信号を電気的につなぎ替えるだけのため、強電パッチ方式のような問題はありません。さらに複数の調光器にコントロール信号を接続できるため、1本のフェーダーで数多くのスポットをコントロールできます。これはどういうメリットがあるかというと、前述のように前明かりなどはスポット(1kw)8台で1色が基本ですが、強電パッチ方式で調光器1台あたり6kwというリミットがある場合、1本のフェーダーでは容量オーバーになってしまい、2本のフェーダーに割り振らなくてはなりません。電子クロスバー方式であれば、これが1本のフェーダーでできるということです。
ゲージング
パッチが終わったら、ゲージングをします。ゲージングとは各フェーダーのレベル(出力レベル。例えばスポットの場合、明るさ)を記録することです。すべてのスポットや器具類は出力100%(100V)で使うとは限らず、場面によって明るさを変える必要がある場合があります。例として、カラーフィルターのコーナーでRGBのバランスを変えると様々な色が作り出せると書きましたが、このバランスを変えるためにフェーダーのレベル(ゲージという)を設定します。
このゲージをキュー(照明の変化)ごとにキューシートに記録していくのです。が、最近はコンピューター内蔵の調光卓が普及してきて、このゲージを場面(シーン)ごとに記憶させることができるようになりました。ただ、入力するのはあくまでも人間の仕事なので、コンピューターを導入したからといって仕込み時間が短縮されるとは一概には言えません。「コンピューターが入ったのになんで仕込み時間が減らないの?」なんてよく言われますが、コンピューターは「記憶させた物を正確に再現する」だけなのです。
リハーサル
さてこれで準備が整いました。本番前にリハーサルです。基本的に本番通りに行いますが、ゲージの修正やキューの変更等が生じることもあります。なにしろ、初めて合わせるのですから・・・
リハーサルがあればまだいい方で、いきなり本番という場合もあります。いわゆる「ぶっつけ本番」ですね。これははっきりいって「こわい」です。
小屋付きはある程度打ち合わせからの流れで概要はつかんでいますが、ピンスポット要員(臨時人件)などは全く情報ゼロの状態です。一応ブリーフィングはしますが、実際の動きは見ていません。リハーサルでつかむしかないのです。
小屋付きとしても、事前に舞台稽古などを見られなかった場合には同じことです。
なので、事前の舞台稽古・リハーサルはぜひ行っていただくとありがたいです。
また、リハーサル中にケーブルなどのチェックをすることも重要です。ケーブルが減線(キャプタイヤの心線は銅線を数十本縒り合わせて作られているが、長期の使用などによってそのうちの何本かが断線してしまい、本来の電気容量を確保できなくなった状態)したり、負荷容量が電線の電気容量をオーバーしたり、ショートしかけたりしているときは、キャプタイヤ(照明用ケーブル)をさわると暖かくなっていることで分かります。これは非常に危険なことなので、リハーサル中にチェックし必要に応じて交換しなくてはなりません。本番中に過熱して火災発生・・・なんてこともあり得ないことではありません。
私は実際に電工ドラムがショートのために火を吹いたのを目撃したことがあります。一瞬のうちに導火線が燃え上がったような感じでした。
これが本番中に大電流を流しているキャプタイヤで起こったら・・・と思うとぞっとします。
ダメ出し
リハーサル(ランスルー)を行うと、様々な問題点が露呈してくることがあります。この問題点をあぶり出し、修正・改善することをダメ出しと言います。
これもまた、この時間がとれないことがままあります。タイムテーブルはぎりぎりの時間で組まれることがほとんどなので、いきおいリハーサルが終わって客入れ中になってしまうことが多いのですが、その時点では修正できない事項もあります。
本番
いよいよ本番です。始まってしまったら止めることはできません。「キューが足りないっ・・・」なんてことになったら・・・ああ、恐ろしい。
本番中の実際ですが、小屋付き(調光チーフ)はシーンを呼び出しながらマニュアルでフェーダーをあげることもありますし、ピンスポット要員に指示を出さなくてはならない場面もあります。
さらにコンピューターが導入されていない調光卓の場合には、プリセット段(盤)という物があり、次のシーンのゲージを設定するようになっています。
つまり、現在のシーンから次のシーンへ移るときに、あらかじめゲージングされた「段(すべてのフェーダーを1列として、1段という)」を切り替えるのです。
1シーンに付き1段が基本ですが、前述のとおり100以上のキューがある場合、100以上の段が必要と言うことになってしまいます。
もちろんスペース的にそんなことは不可能ですので、概ね調光卓には3〜4段のプリセット段が用意されています。また、この他にプリセット盤として6段程度用意されている小屋もあります。ではどうやって100以上のシーンをこなすかと言えば、一度使った段は払って(ご破算にして)新しいシーンを組むのです。
キューが忙しくなければ、調光操作をしながらできないことはありませんが、ほとんどの場合台本や進行表を追っかけながら本番を進行して行くので、次の段を組むと言うことは不可能に近いです。
このような時には「組み手」という要員が必要になります。調光卓にチーフとともについて、次のシーンをキューシートをみながら組んでいくのです。
一方コンピューター内蔵の調光卓の場合には、概ね500シーン以上のシーン(つまり500段以上のプリセット段があるということ)を記憶させることができるため、シーンナンバーを指定して呼び出すだけで次のキューを実行することができますので、基本的に組み手は必要ありません。
バラシ
本番が終われば、原状復帰をしなくてはなりません。これが「バラシ」です。
舞台さんや音響さんと協力しあいながら進めていきます。
すべてのスポットから色やネタをはずしコンセントを抜いて、小屋ごとに決められた基本吊り込み状態に戻します。
ケーブルや機材を指定された収納場所に戻し、調光室やピンルームの簡単な清掃をします。
さらに本番中に切れた電球の交換や、故障した機材などのチェックも怠ってはなりません。
無事故で、笑顔で「お疲れさま!」と言いあえるようにしましょう。
と、こまごまと書いてきましたが、これはあくまでも「とある小屋の流れの一例」です。
ボーダーライトと前明かりのみで対応できてしまうような本番(会議的な物や講習会など)の場合にはもちろん仕込み図など書きませんし、キューシートなども必要ありません。
また、小屋によっては利用者に人件費などを直接請求する事ができない規定になっているところもあるので、複雑な演出が絡む(小屋付きだけでは対応できない)公演の場合には照明スタッフを利用者側で手配しなくてはならないこともあります。